未来人#3 若者自立支援団体 ONE STEP代表「笠間淳さん」若者の才能を見出し、育てる世の中へ。(1/3)

どうも寛治(@kanjicuu)です〜。

面白い人たちを取材して、紹介する。

未来人

3人目は、若者自立支援団体 ONE STEP代表 笠間淳さんです!

初めてお会いした時、「宮川大輔さん!?」かと思うくらい、すっごいアグレッシブでめちゃめちゃ面白い方です。

このインタビュー中、泣きそうになってしましました。

バスケットに一心不乱に取り組んできた、淳さんがなぜ若者支援の道に進んだのかに迫ります。

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笠間淳さんとは

寛治「よろしくお願いします!まずは簡単な自己紹介をよろしくお願いします。」

淳さん「よろしくお願いします!

笠間淳、28歳。(なんと投稿日の今日誕生日!おめでとうございます!) 今は若者自立支援団体ということをやっていて、NPO法人「ONE STEP」という団体を運営しております。

メインをお仕事は、ニートや引きこもりや不登校の子たちの社会復帰の支援をやっていて、西尾市内で訪問をしたり。月に一回ここ佐久島で泊まり込みの合宿をして、みんなで遊ぼうぜ〜!っていうことをやってる感じ!」

寛治「子どもたちを自分でスカウトしに行かれるんですか?」

淳さん「親からなんとかしてくださいって依頼があったりもするけど、結局ここでやってることは遊んでるだけなんだよね。

なんともなくてみんな普通の子。でもお父さんお母さんが構い過ぎちゃったていう問題や、家庭の問題があって引きこもっちゃった子が多くて。その子達は悪くないから、「みんなは楽しめばいい、佐久島行こうぜ!」って言って佐久島に引っ張ってきて、みんなでワイワイ遊んでる感じかな。」

寛治「どういった遊びをされるんですか?」

淳さん「DIY(大工仕事)もみんなでしてウッドデッキを作ったりとか。島のゴミ拾いをしたりとか、草刈りしたりとか。今度、お昼寝ハウスっていうアート作品を一緒に作ったりだとか。そういう活動を通して、彼らの社会復帰のお手伝いをメインでやってる!

でも、それって多くの人が関わるわりには、お金の儲かる仕事ではないんだけど、俺のやりたいことだからなんとかやってやろうと。じゃあ他のところでお金を稼ぎましょうっていうことで、ここ佐久島で、Cafe & Bar じょえる を経営して、今度4月に名古屋でもダイニングバーをオープンする予定!」

 

Cafe & Bar じょえる

新たな若者の「イバショ」

手創りへの想い

島の魅力を伝える

の3つをコンセプトにできたCafe & Bar 「じょえる」

自然に溢れる温かい雰囲気です。

海の食材を使ったパスタは絶品です。美味しいデザートもたくさん用意されています。

この外観が目印です!

 

Cafe & Bar 「じょえる」

東港を降りて、東に徒歩2分。

営業時間:10:00〜18:00(18:00以降は要予約)
住所:愛知県西尾市一色町佐久島東屋敷37
ご連絡先:0563-78-2014

 

若者自立支援団体を始めたきっかけ

寛治「この活動を始めたきっかけは何ですか?」

(きっかけのお話が終わる頃には7割の読者の方々が涙を流していることと思います。  いや、8割。)

バスケットに全力を注いだ学生時代・・・スラムダンクに憧れて

淳さん「この話をすると学生時代から遡るんだけど、スラムダンクが大好きで、小学4年生の時にバスケを始めて、中学校はバスケ部に入ったんだけど、県で2位くらいの強いチームで。楽しんでやれてたんだよね。

それから高校進学ってなった時に、スラムダンクが大好きだったから、普通に公立高校で最強の私立高校を倒したい!って思って。

自分たちの中学校は、すごい強かったから、みんな特待生で強豪校に行く中、一人だけ、普通の中堅の公立高校 松蔭高校に行こう!って決めて。監督が若くて熱心だったからね。

強豪校に行った友達をボコボコしてやるからな!っていう意気込みで高校に入ったの。」

寛治「なんという反骨魂・・・!」

淳さん「高校一年生の時とか、会場で会ったりするわけ。「お前ら二回戦負けしょベーな」とか言われるわけですよ。見とけよと思いながら一年間猛練習して、

高校二年生の夏にリベンジできるチャンスが来て。彼らに一矢報いるチャンスが・・・!」

 

県の4強 名古屋大谷高校との試合

淳さん「その当時、県の4強が、中部第一高校、名城高校、名古屋大谷高校、愛産大工業の四校で。その中の一校、大谷高校と地区予選の第二回戦で当たって。

ここは、通ってたクラブチームのメンバーが全員スタメンみたいなチームで、めちゃくちゃ強かったのよ。 」

淳さん「みんな、松蔭なんて弱いから、大谷が勝つに決まってんだろっていう感じで、ギャラリーも全然いなくて、大谷高校の選手の親たちも余裕で見てて。

バスケは4クオーターでできてるんだけど、4クオーター目の最初までは同点。」

寛治「なんと・・・すごいですね。」

淳さん「会場もざわざわしてきて。もしかして、名のない高校が大谷高校倒すんじゃないかっていう雰囲気になってきて、ギャラリーが全員こっちのコートに移動してきて、満員になって。

親たちも、「大丈夫かしら」って話をしてるわけですよ。

こっちがシュート決めたら、向こうも決めるっていうシーソーゲーム。

ラスト30秒で同点。

ボールが外に出て、松蔭ボールになったタイミングで監督がタイムアウトとって。」

寛治「劇的な展開ですね・・・!」

淳さん「監督もタイミング知ってるよね。

会場がシーンとなって監督の指示待ちで。監督が、「笠間、お前決めてこい。お前が一対一でやってこい。作戦は以上だ。」って言って。

心臓ばくばくしながら、試合再開。スローインもらったら、みんな気を利かせて、スペースを空けるために反対側に移動してくれるんだよ。
笠間さん、一対一してくださいっ! と。

もうこんだけお膳立てされたら、やるしかないから、真剣にマッチアップを仕掛けて。対峙してる相手も仲のいい元チームメイト。

ドリブルして、抜いて、「おっ!いける!これでシュート決めたら逆転してヒーローだ!」

シュートしたら、ゴール下に190cmくらいの吉田さんって人に思いっきしブロックされてしまって。

ボールがピューンって反対側までいって、そのままの勢いで速攻を食らってシュート決められちゃったのよ。

 

残りは4秒。

大谷高校の保護者たちは、勝った勝った!っていって、ギャラリーも大谷高校勝った!ってなってたけど。でもまだ4秒あると。自分たちは誰も諦めてない。

ガードが「笠間っ!」って叫んで、ボールをパスしてくれて、ちょうどもらったところが、ハーフライン。

もう残りは、2秒しかないから、打っちゃえ!っと思って、打った瞬間に、ブーって終わりのブザーがなった。

大谷高校は、みんなわーって喜んでたんだけど、ボールがスパーンって入ったんだよね。」

寛治「ブザービート・・・。」

淳さん「その瞬間に隣のコートまで全部がシーンってなって、仲間がわーっ!!ってコートから飛び出して。

奇跡的な逆転勝利をしたんです。その時「俺はバスケでプロになろ」って決めた。

それから、月日は経ち、大学進学ってなった時に、一部リーグに唯一の国立大学 岐阜大学があったんだよね。

岐阜大に行くことを決めて、冬までギリギリまでバスケをやって滑り込みで岐阜大に入ったのよ。」

 

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バスケを追う自分に突然押し寄せてきた不安

淳さん「大学一年の6月くらいに、突然足を痛めちゃって。「膝が悪い。手術しないといけなくなるかもしれないから、ちゃんと準備運動とかしといてね。」って言われた。

全然普通の怪我で、治るんだけど、その時ふと我に返って。「怪我でバスケやれなくなったら何も残らないよな・・・。このままやってて社会で生きていけるのか。」っていう疑問が生まれてきて。

すごい考えた結果、バスケをやめる選択をしたんだよね。」

寛治「やめてしまったんですか。」

淳さん「もう何したらいいかわからなくなって頭の中真っ白。

大学行っても楽しくないし、気付いたら三ヶ月家から一歩も出ずに、ずっとyoutubeを見てて。何をしたらいいか全然わからなかった。」

 

人生の転機の授業に出会う

淳さん「新学期が始まって、友達に授業受けようぜって言われてたまたま行った授業があって。

いつものごとく自分専用の枕を持って授業に行って、一番後ろの席で枕を使って寝てたの。」

寛治「なんて自由人・・・!」

淳さん「授業が始まって。なんかいつもの教授の声じゃなくて。ハキハキしてるし、聴きやすいし、心地のいいリズムだし。

その授業は、「キャリア設計」っていう授業で外部の経営者の方が来てた。

「それでは、皆さんご覧ください」って言って、コップがバンって出てきて。

「皆さんに質問です。この水が入ったコップを見てどう思いますか?

1 半分も水が入っている。

2 半分しか水が入っていない。」

何これ面白っ!て思って。

先生曰く、「同じ現象のはずなのに、物事は人の捉え方によって良くも悪くもなります」っていう授業だったんだけど。

すげー!って思って、今まで始めて90分背筋伸ばして授業聞いて。

もう今しかない、このモヤモヤを解決するのは今しかない!って思って、授業終わった後に「名刺ください!」って言って名刺をもらったんだよね。この方はNPO法人の秋元さんっていう方で。

「僕BIGになりたいんですっ!」って言ってたら、「お前オモロイな」って言ってくれて、その後ご飯連れて言ってもらって。

「次の授業までに宿題だ、君がBIGだと思う人10人あげて、その理由までリストにまとめてきて。」

宿題を出せれて、必死に考えた。そしたら、10人の共通点が一個だけあって。それは「多くの人に影響を与える人」だったんだよね。

あ、これが自分が求めてるものなんだなって、なるほど!って思ったのよ。

その後、秋元さんにこれを伝えたら、「わかった、二週間カバン持ちをやれ」って言われて。二週間べったりくっついて会議の議事録を取ることになった。

でも、バスケしかやってこなかったから、ビジネスの経済も何もわからなくて、二週間終わった時には悔しさしか残らなかった。」

 

岐阜で一番のカリスマ社長のもとでの修行

淳さん「本当に悔しくて悔しくて。大学二年の一年間は本気で勉強するんで、岐阜で一番カリスマ社長のもとへ僕を送り込んでください!って秋元さんに頼んだら、世界で二番目に電気自動車で認可をとったベンチャー企業の社長さんのもとに付かせてくれることになったのよ。

その社長は、全国からたくさん講演会があって、その講演会の資料を作ることになったんだよね。

その講演は2時間で50万円くらい。その価値を資料で作らないといけないと。20冊ぐらい本渡されて、勉強しろって言われて。

最初4ヶ月かかった、一年やり続けていったら、一日で作った資料が一発OKをもらうまでになった。」

寛治「すごい。。。」

淳さん「きたる最終日。沖縄でプロジェクトがあって、そこに連れてってくれたんだけど、それは、多額のプロジェクト。

それを企画することになったんだよね。「失敗しても気にすんな、棚からぼたもちみたいな企画だから。」って言われたものの、大学二年生には大きな仕事。

真剣に考えて、企画して、お願いしますっていうことになった。大元の企画自体がなくなっちゃってその話は無しになったんだけど、企画はすごい良かったってお褒めをいただいた。」

 

ホテルで言われた社長からの一言が人生の指針を決める

淳さん「最後にホテルで反省会やって、一年間どうだった?という話をしていて、

「最後にこれだけお前に伝えたいことがある。 人間には2種類のタイプがいる。人から火を灯されないと燃えることのできない人間、もう一つは、そういう人たちに火を灯し続けられる人間。 お前は絶対後者になるんだぞ。

それを言われてもう号泣しちゃって。

それで大学2年間終わった。テストだけ受けにいったぐらい。それで単位取れるなら、行かないことを決めて何しようって考えて。

せっかくここで普通の生活の戻っても意味がないと思ったから。人の心に火をつける何かをやりたいと思って、起業することにしたんだよね。

大学生でも起業できるんだぞっていうのを大学生に見てもらってちょっとでも刺激になればなって思ったからさ。」

 

 

続編をお楽しみに・・・!

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